※この記事には作品の感想(ネタバレ)が書かれておりますのでご注意ください。

横山秀夫の重厚なサスペンス作品の映画化である。

本作の目玉となるテーマは、通常のサスペンスのように犯人捜しや動機探しではない点である。

冒頭で犯人もわかり、動機もわかる。

では、何がミステリー的な要素になるのか?

それが、犯行後の「空白の2日間」の謎だ。

元敏腕警部である梶聡一郎(寺尾聰)が妻を殺害し出頭するのだが、殺害後の2日間だけは頑なに口を閉ざすのである。

犯行も認めているにもかかわらず、この2日間について口を開こうとしない。

まさに『半落ち』である。

この要素に引き込まれれば最後まで楽しめる作品となるはずだ。

 

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それぞれの立場が複雑に絡み合う

この作品の見どころは、それぞれの組織や個人の立場が複雑に絡み合う点であろう。

例えば、元警部が妻殺しというのは県警にとっては最大のスキャンダルである。

マスコミはすぐに嗅ぎ付け大騒ぎとなっている。

そんな中、梶の所持品から歌舞伎町のお店のポケットティッシュがみつかり、その空白の2日間は新宿にいたことが判明する。

しかし、妻殺しの後、新宿に行ったとなるとさらなるスキャンダルとなり、県警の立場はない。

そんな時、梶の自宅から自殺を図った後がみつかったことにより、都内へは死に場所を探しに行ったことにして面目を保とうとする県警であった。

そして、次は検察にまわされるのだが、正義感の強い佐瀬検事(伊原剛志)はこれがねつ造であると確信するのであった。

しかし、検察側は県警に弱み(幹部の横領容疑)を握られており、裏で取引をし、ねつ造を黙認するように持ちかけるのであった。

そんな中、居候弁護士でうだつの上がらない植村学(國村隼)は、梶の妻の姉に掛け合い梶の弁護を引き受けるのである。

梶の義理の姉である島村康子(樹木希林)の登場によって、どんどん事件の真相がわかってくるのであった。

 

妻殺害の背景

この物語では2つのテーマが存在する。

一つ目は妻殺害の背景。

二つ目は空白の2日間。

まず、一つ目の妻殺害の背景であるが、梶聡一郎と梶啓子(原田美枝子)には一人息子がいた。

しかし、急性骨髄性白血病で若くして亡くなってしまったのであった。

骨髄移植手術にて助かる可能性はあるのだが、適合するドナー登録者がいなかったのである。

悲しみに暮れる妻啓子であったが、さらなる悲劇が襲いかかるのである。

それがアルツハイマー病である。

これにより、記憶に障害がおこり、息子がまだ生きていると思い込んでしまうのであった。

その結果、息子はもうこの世にいない、と何度も悲しみを味あわせなければならないのだ。

息子を失うショックをアルハイマーによって何度も味わう苦しみ。

これは子供を持つ親であれば、どれほどの苦しみか想像できるであろう。

その結果、苦しみから解放させようと梶は決断するのであった。

 

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空白の2日間を黙秘した理由

もう一つのテーマは、なぜ空白の2日間を黙秘するのか?その理由である。

梶は新宿で一体何をしていたのか?

妻を殺害した後、息子も妻も失った絶望から梶も自ら命を絶とうとしていた。

しかし、一冊のノートが見つかるのである。

そのノートは妻の日記であった。

アルツハイマーにより記憶をなくさないように、日記をつけていたのだ。

そこに書かれていたのが、息子のドナー提供者についてであった。

息子が亡くなる前に、梶は家族全員でドナー登録していた。

そして、それにより助かった少年がいたのであった。

法律によりドナー提供者を知ることが出来ない為、その助かった少年は新聞に提供者への感謝を綴っていたのであった。

その日付や年齢などから、息子の骨髄だと確信し、次第に息子の生まれ変わりだと思うようになるのである。

そして、その記事には「新宿で一番小さいラーメン屋で働いている」というメッセージがあり、アルツハイマーが重くならないうちに会いたいと願うようになるのであった。

しかし、どうしても探し出すことができず、アルツハイマーは重くなっていき、外出することもできなくなっていたのであった。

よって、妻の代わりに新宿に行き探し出そうと思い立ったわけである。

そして、少年を一目見ることができたのであった。

息子の骨髄によって助かった命があったことを知り、梶もドナー登録をしていたので、登録期間が切れるまで生きようと決意をするのであった。

また、2日間を黙秘していたのは、この事がマスコミに知られてしまうと助かった少年が騒がれてしまうからである。

 

空白の2日間を黙秘した理由→少年がマスコミの標的となるのを守る為

命を絶つのをやめた理由→自分の骨髄によって助かる人がいるかもしれないから

 

これらの理由によって、ドナーの登録期間の1年後まで恥を忍んで生きようとするのであった。

しかし、ラストでは少年が「生きてください」というメッセージを送る。

このメッセージを受け、梶は何を想ったのか?ここで物語は終わる。

 

欠陥・欠点はどこか?

『半落ち』は直木賞の最終選考過程まで残るのだが、ある欠陥を指摘され落選してしまう。

「致命的欠点が存在」と選考委員から言われるのだが、その欠陥とは一体どこか?

それは、受刑者が刑務所にいる間は、ドナーとして提供できないというものであった。

つまり、本作の一番重要な要素が成り立たない可能性が出てくるのである。

梶が生きる選択をしたのは、自分の骨髄で誰かを救える可能性があるからである。

ただ、梶は犯行前にドナー登録をしているので、問題はないと思われるがどうなのだろう?

受刑者(犯行後)のドナー登録は刑務所の中の感染症などのリスクがあるから登録ができないのはわかるが、刑務所に入る前であれば良いのではないか?

それで助かる命があるかもしれない。

また、この指摘に作者の横山秀夫は激怒し、「直木賞に作品を委ねる気はない」という発言をしている。

 

まとめ

県警、検察、マスコミ、弁護士、そして容疑者それぞれの複雑な背景を見事に描き切った技術は流石である。

また、社会問題となっているアルツハイマーやドナー不足問題などバランスよく融合し、サスペンスでありながら社会に警笛を鳴らす技量は神業だ。

ノンフィクションではないので、問題となる欠陥は致命的なミスにはならないと思われる。

ただし、テーマも重く、登場人物の関係も複雑な為、疲れている時に観ると少ししんどいかもしれない。

 

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